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データの復元ということについて。

 情報を抜いた後にウイルスを仕込む方はよくやるんだけど復元しろと来た。出来ないわけではないけど完全には難しいかもしれませんよ、と伝えるとジンがいつもの調子で睨んできたが、肩を竦めるしか出来ない。こればかりは本当に、PCの中の情報なんて突き詰めれば0と1の羅列でしかないし、本当に消去されてしまったら元に戻すことは出来ない。物理的に壊されている場合も同様だ。
「とりあえず二日下さい、どの程度まで復元できるかはそれから」
 そう言って預かったノートPCは、黒いボディはともかく画面の脇には可愛らしいステッカーも貼ってあったりして、もとは女性の持ち物だったらしい。重要情報の入ったPCにしてはそんな私物を貼るかねという疑問もあったが、預かって確認してから組織に報告するどうでも良い部分のみ残して改めてデータ破壊したって良いわけだ。
「しかし、何の情報なんだか……」
 色々とサルベージする方法を試しながら、残っていたと思われる断片的なデータを見ていく。急に季節が冬になったので、流石にアパートの部屋も寒い。コーヒーを淹れて、それから毛布を座っている腰回りに巻き付けて温まる。小さな電気ストーブの前は、ハロがうとうとしながら占領してしまっているし部屋自体を暖める力はない。
「画像ファイルか」
 なんとか拾い出している途中経過で見えたのは、ファイルサイズも軽めの画像ファイルが一つ。復元用に使っている空っぽのノートPCのローカルに移動させてチェックした後開く。
「……持ち主と夫、かな」
 よくあるスナップ写真で、男女が仲良くこちらに笑顔を向けて、両手でピースサインをしている。同じデザインのシンプルな指輪を薬指にしていることから、恋人同士というよりは夫婦ではないかと予測できた。長い黒髪の彼女は、幼い頃をも知る少女に少し似ていた。
 情報の抜き取りではなく、一度壊したものを復元させるというプロセスを踏むことはもう元がないということで、この二人も既にこの世にはいないのかもしれない。これ以上何か重要な情報が出てこないで欲しいと思ってしまうのは甘いのだろうけれど。
 サルベージの作業を機械がしているのを見守りながら、データの復元はとうとう出来なかったスマートフォンを思い出す。唯一手元に残されたものだったけれど、この前漸く自分よりも持っていなければならない人に渡さなければと踏ん切りをつけて手放したものだ。組織にはとっくに処分したと言ってあったけれど、長く手元に置いてしまっていた。
 データを守るために壊したのかどうか、そもそも彼は必要な電話番号などは全て諳んじていたし、メールや連絡も都度削除していたはずだった。だから、もしも復元できたとして、最後の自分への通話履歴くらいしか出なかったのではないかと思っている。
 確認しろ、と無造作に渡された時は無表情で受け取ったけれど、彼の身体を手に入れることが出来なかったし住んでいた部屋の確認には関わることが出来なかったから、本当にたったひとつだったのだ。たいして拭いもしないでそのまま置いておいたのだろう、画面のヒビや背面の傷に細かく染みついた血の色が黒ずんでいた。
 持ち帰った部屋で一人、その乾いた黒い粉になった欠片を少しだけ削り取った。彼のDNAの名残だ。髪の毛の一本でも抜いておくんだったな、と苦笑いをしてしまって、それからそれらが全部意味のない行為だと目を伏せた。それでも手放せなくて、そのうち信頼できる人間に託そうと思っているうちに数年が経ってしまったのは、忙しいという言い訳でしかないと分かっている。
 ポーン、と間抜けな音がして、ソフトの作業完了が告げられる。顔を上げて画面をスクロールしていく。
 やはり復元できたのは先ほどの画像ファイルと、あとはデフォルトのアプリケーションなどの類で、情報らしきものはなかった。ウイルスが発現したら、自己破壊するプログラムでも組まれていたのかもしれない。それもあの画像を除いて。どうしても消せなかったのかもしれない、と思うと、彼のスマートフォンのデータは復元できなくてよかったのだろう。
 自分のPCにある、どうしても消せないでいる大切な写真に目をやりながら、冷えた部屋の空気に白い溜息を吐いた。

小話 /2019.11.26